ネコだけど羊。

しゃみです。ピアノ演奏動画や楽譜の作成、また詩や曲の解説記事を書いています。

わをんレパ研究③ O Mary, don't you weep

どもども、わをんテナーの某です。

Spiritualsを勝手に語る第3弾、O Mary, don’t you weepです。 曲を理解する一助になればと思いますが、曲の解釈は十人十色でしょうから、一つの参考程度に。 一応、キリスト教信仰を持っている者なので、これまでの記事と同様に、主に聖書的な観点からこの曲の解説をしてみます。

O Mary, don't you weep

O Mary, don't you weep, don't you mourn O Mary, don't you weep, don't you mourn Pharaoh's army got drowned O Mary, don't you weep Some of these mornings bright and fair Take my wings and cleave the air Pharaoh's army got drowned O Mary, don't you weep When I get to heaven goin' to sing and shout Nobody there for turn me out Pharaoh's army got drowned O Mary don't you weep When I get to Heaven goin' to put on my shoes Run about glory and tell all the news Pharaoh's army got drowned O Mary don't you weep ああマリアよ、泣くでない、嘆くでない ああマリアよ、泣くでない、嘆くでない ファラオの軍は海に沈んだのだ ああマリアよ、泣くでない 明るく透きとおる朝に 私は翼を得て、空を切って天へ飛んでいくのだ ファラオの軍は海に沈んだのだ ああマリアよ、泣くでない 私が天に昇り、歌い叫んだとしても 私を追い出そうとする人はいないだろう ファラオの軍は海に沈んだのだ ああマリアよ、泣くでない 私が天に昇ったら、そこで靴を履き 天を駆け回って、神の栄光と福音を告げ知らせるだろう ファラオの軍は海に沈んだのだ ああマリアよ、泣くでない (私訳)

はじめに

以下の記事は、アメリカの高校生向け教育読み物サイトShmoopの記事の翻訳・要約です。 http://www.shmoop.com/mary-dont-you-weep/meaning.html

ちなみにこの曲は後述のように、近代のアーティストによるレコーディング・アレンジが多数あるので、もっとも親しまれているSpiritualsの一つかと思われます。

先に私から一点指摘しておくと、聖書的には、この曲の歌詞は時代も背景も全く異なる2つの箇所が合わさっていることを注意しないといけません。 “O Mary, don’t you weep, don’t you mourn"は新約聖書 ヨハネによる福音書 "Pharaoh’s army got drowned"は旧約聖書 出エジプト記です。 それ以外の歌詞は全て聖書に基づかない、作詞者によるオリジナルのものです(作詞者不明ですが)。

(以下、Shmoopの翻訳)

曲の歴史

“Mary Don’t You Weep”は、古くから伝わるアフリカ系アメリカ人のSpiritualです。アメリカ南北戦争(1861-65)以前より、奴隷たちに宗教的な慰めを与えていました。この曲の重要な所は、曲の終わりで「解放」のことが直接的に歌われない事です。それでも、1960年代のアフリカ系アメリカ人の人権(公民)運動では繰り返しこの曲が歌われ、黒人・白人ともに大きな印象を与えました。

他のSpiritualsと同じように、“Mary Don’t You Weep”の曲の起源は不明です。作詞者、作曲者、最初に歌われたとき、全てが不明です。しかし多くの音楽学者は、この曲は19世紀前半に南部アメリカの奴隷コミュニティーでできたと考えています。“Mary Don’t You Weep”は奴隷に慰めと希望の両方をもたらす曲です。

Maryとは誰か――聖書より

この曲のマリア(Mary)は、イエスの母のマリアでもなく、マグダラのマリア(十字架の死から復活したイエスに最初に立ち会った人)でもなく、ヨハネによる福音書11章に出てくるベタニア(Bethany)のマリアです。イエスがベタニアを訪れたとき、マリアは兄ラザロの死によって取り乱していました。イエスは「わたしは復活であり,命だ。わたしを信じる者は,たとえ死んでも生きる」「あなたの兄弟は生き返る」と言ってマリアを慰めましたが、マリアがあまりに泣くのでついにイエスも心を動かされ涙を流します。そしてイエスはマリアをラザロの墓に連れて行き、墓石を退けさせます。すると、死んでいた人起き上がり、出てきました。 (聖書の該当箇所は本文末に記載しています)

この曲のメッセージ

奴隷たちが“Mary Don’t You Weep”を歌うとき、彼らは「神は信じる者に報いて下さる」ということを思い返します。この曲は、(キリスト教において神を信じる者は)復活が約束されているということを強調します。

そしてこの曲はもう一つ、「神は信じる者を守り、敵を罰して下さる」ということも彼らに思い出させます。それが“Pharaoh’s army got drowned”(ファラオの軍は海に沈んだ)と繰り返される歌詞です。旧約聖書出エジプト記によれば、権力あるエジプトの王(ファラオ)は神によって紅海に沈み死にました。それによりエジプトを脱出したのは、約束の地(カナン)を求める、イスラエルにルーツを持つ子孫の、神に選ばれた民族、ユダヤでした。ユダヤ民族は約400年にわたりエジプトに捕虜として捕えられていましたが、ユダヤの預言者であったモーセに導かれ、脱出に成功します。モーセが神からの預言のとおりに海に杖を向けると、紅海は二つに割れ、イスラエルの民(ユダヤ民族)は海の中を歩きます。エジプト軍もそれに続きますが、やがて神により海の水は再び乱され、エジプト軍は溺れ死にます。

この曲の展開、広がり

この「神は信じる者を守り、敵を罰して下さる」というメッセージゆえに、この曲は1960年代の黒人(アフリカ系アメリカ人)の人権運動のキャンペーンソングになりました。フォークシンガーのBurl IvesやPete Seegerはこの曲をレコーディングし、「自由と解放は全ての人種に与えられたものだ」と伝えました。 Swan Silvertonesという歌手もこの曲のレコーディングを残しました。レコーディングの際、Swanはアドリブで“I’ll be a bridge over deep water if you trust in my name.”(私は深い水に架かる橋になろう もしあなたが私の名によって信じるならば)という一行を加えました。(注:私=神)1970年、このSilverstonesのレコーディングに大きな衝撃を受けたPaul Simonは、そこから構想を得て曲を書きました。これがSimonの代表曲である”Bridge over troubled water”(乱れた水の上にかかる橋)です。この曲は宗教色は抑えられていますが、しかし友情の大切さを痛切に歌ったものでした。そして他のSpiritualと同様に、慰めと希望を与える歌でした。

“Mary Don’t You Weep”はアメリカの音楽史の中で、約200年にわたって繰り返し歌われています。そしてこれからもそうでしょう。この曲は虐げられた者たちに慰めと勇気を与えます。50年代の人権活動家、60~70年代の作曲家や歌手もそれぞれ同じ情熱を持っていました。そして21世紀においても新たな歌い手・聞き手を獲得することでしょう。それは、このSpiritualは、希望と自由そして解放を求める人々の心に響くものを持っているからです。またこの曲は時代だけでなく、海を超えて様々な国に広がっていくでしょう。おそらく、「海の水に濡れることがなく。」

翻訳は以上。以下、僕による補足

補足1:聖書のもう一つのストーリー

このベタニアのマリアが出てくる聖書箇所とストーリーは先述の通り(ヨハネ11章)ですが、もう一カ所、同一のマリアが出てくる聖書のストーリーがあります。

ルカによる福音書10章38~42節 一行が歩いて行くうち、イエスはある村にお入りになった。すると、マルタという女が、イエスを家に迎え入れた。彼女にはマリアという姉妹がいた。マリアは主の足もとに座って、その話に聞き入っていた。マルタは、いろいろのもてなしのためせわしく立ち働いていたが、そばに近寄って言った。「主よ、わたしの姉妹はわたしだけにもてなしをさせていますが、何ともお思いになりませんか。手伝ってくれるようにおっしゃってください。」主はお答えになった。「マルタ、マルタ、あなたは多くのことに思い悩み、心を乱している。しかし、必要なことはただ一つだけである。マリアは良い方を選んだ。それを取り上げてはならない。」

マリアとその姉マルタがイエスを家に迎え入れたとき、姉のマルタはイエスをもてなそうと「せわしく」働きました。一方でマリアはイエスの足元でイエスの話に聞き入っていました。マルタはマリアが手伝わないことでイライラしますが、それに対しイエスは「あなたは多くのことに思い悩み、心を乱している。しかし、必要なことはただ一つだけである。」と語ります。 教会では、この聖書箇所をもって、「まずなすべきことは、主イエスの語りかける御言葉に耳を傾けること」で、それを忘れて本末転倒な結果になってはいけないと言われることがよくあると思います。「自分」が主に対して何かをする意識より、「主」が私に何を語っているかを知りなさい。まずは主に心を傾けなさい、ということですね。余談でした。

補足2:空飛ぶアフリカ人のおはなし

Some of these mornings bright and fair Take my wings and cleave the air

の歌詞の意味が分からなかったので、調べてみました。なんか唐突な感じがしません?なにか背景がありそうだと思ったのです。まあ調べたといっても、上記の歌詞でググって出てきた記事を何件か読んだだけですが。

(追記) 思い直して、そこまで唐突でもないかなと思うに至りました。意味的にその後の歌詞との繋がりますからね。ただ、人間に翼が生えて飛んでいくという記述は聖書に無いので、このモチーフの出典が気になるといえば気になるのですが。でも下記のFrying Africanの伝説だと、「死後」に飛んでいくことになるので、現世の解放と自由を求めるSpiritualには繋がらないかなあ、と思うに至りました。でも一応調べたことは下記に残しておきます。


おそらく、これはFrying Africanという伝説(民間伝承)が関係していると思います。これは、黒人(奴隷)の魂は死後飛んで行って海を越えて、故郷のアフリカに帰っていくというものです。

https://www.questia.com/read/1G1-20441297/one-of-dese-mornings-bright-and-fair-take-my-wings

んで、調べてみたものの、結局このFrying Africanの話の起源もよくわかっておらず、学者たちの間で論争になっているようです。結局何を意味しているのか。白人が作ったのか、黒人が作ったのか。黒人にこれは肯定的にとられているのか、否定的にとられているのか。分からずじまいです。 Frying Africanは元となるはっきりとしたストーリー(物語)があるわけでなく、モチーフのようなものなのです。それが様々な黒人文学(詩や小説)に現れているようです。一例として上記リンクの中にRobert Hayden (20世紀初頭のアメリカ黒人文学者)によるFrying Africanのモチーフが出てくる詩があります。

参考:ヨハネによる福音書11章(ベタニアのマリア

さて,ある人が病気であった。マリアとその姉妹マルタの村,ベタニア出身のラザロである。主に香油を塗り,その両足を自分の髪でぬぐったのはこのマリアであり,その兄弟ラザロが病気であった。それで姉妹たちは彼のもとに人を遣わして言った,「主よ,ご覧ください,あなたが大いに愛情を抱いてくださっている者が病気です」。しかしイエスはそれを聞いて言った,「この病気は死に至るものではなく,神の栄光のため,神の子がそれによって栄光を受けるためのものだ」。さて,イエスはマルタとその姉妹,そしてラザロを愛していた。それで,ラザロが病気だと聞いたとき,自分のいた所に二日間とどまっていた。それから,そののち,弟子たちに言った,「もう一度ユダヤに行こう」。 弟子たちは彼に言った,「ラビ,たった今ユダヤ人たちはあなたを石打ちにしようとしたのに,またあそこに行こうとされるのですか」。 イエスは答えた,「昼間の十二時間があるではないか。人は昼の間に歩けば,つまずくことはない。この世の光を見ているからだ。しかし,夜の間に歩けばつまずく。光が彼の内にないからだ」。こうした事を言って,そののち,彼らに言った,「わたしたちの友ラザロは眠りに入った。しかしわたしは彼を眠りから覚ましに行く」。 それで弟子たちは言った,「主よ,眠りに入ったのなら,回復するでしょう」。 ところで,イエスは彼の死について話していたが,彼らは眠って休息をとることについて話しているものだと思っていた。そこでイエスはその時,彼らにはっきりと言った,「ラザロは死んだのだ。わたしは,自分がそこにいなかったことを,あなた方のために喜ぶ。それはあなた方が信じるようになるためだ。それでも,彼のところに行こう」。 それで,ディディモスと呼ばれるトマスが仲間の弟子たちに言った,「我々も行って,彼と共に死のうではないか」。 そこでイエスが行くと,ラザロがすでに四日間墓の中にいるのを目にした。ところで,ベタニアはエルサレムに近く,およそ十五スタディア離れている。大勢のユダヤ人たちが,マルタとマリアの周りで,その女たちと一緒にいた。その兄弟に関して彼女たちを慰めようとしてであった。それで,マルタはイエスが来ていると聞くと,出て行って彼に会った。しかしマリアは家の中にとどまっていた。それでマルタはイエスに言った,「主よ,あなたがここにいてくださったなら,わたしの兄弟は死ななかったことでしょう。今でもわたしは,あなたが神にお求めになることは何でも,神はあなたにお与えになることを知っています」。イエスは彼女に言った,「あなたの兄弟は生き返る」。 マルタは彼に言った,「わたしは,彼が終わりの日の復活の時に生き返ることを知っています」。 イエスは彼女に言った,「わたしは復活であり,命だ。わたしを信じる者は,たとえ死んでも生きる。だれでも生きていてわたしを信じる者は決して死なない。あなたはこのことを信じるか」。 彼女は彼に言った,「はい,主よ。わたしはあなたがキリスト,神の子,世に入られる方だということを信じて来ました」。 このことを言うと,彼女は去って行き,そっと自分の姉妹マリアを呼んで,こう言った。「先生がここにおられ,あなたをお呼びです」。 彼女はこれを聞くと,急いで立ち上がり,彼のもとに行った。ところで,イエスはまだ村に入っておらず,マルタが彼と会った場所にいた。それで,その家の中で彼女と共にいて,彼女を慰めていたユダヤ人たちは,急いで立ち上がって出て行くマリアを見たとき,「泣くために墓に行こうとしているのだ」と言って,彼女に付いて行った。それでマリアはイエスがいる所に来て,彼を見ると,その足もとにひれ伏して,彼に言った,「主よ,あなたがここにいてくださったなら,わたしの兄弟は死ななかったことでしょう」。 それでイエスは,彼女が泣き,彼女と共に来たユダヤ人たちも泣いているのを目にすると,霊においてうめき,また苦悩し,そして言った,「あなた方は彼をどこに横たえたのか」。 彼らは言った,「主よ,来て,ご覧ください」。 イエスは涙を流した。 それでユダヤ人たちは言った,「見なさい,彼にどれほど愛情を抱いていたかを」。彼らのうちのある者たちは言った,「盲人の目を開けたこの人が,ラザロを死から守れなかったのだろうか」。 それでイエスは,再び自分の内でうめき,墓に来た。ところでそれはほら穴であって,それに向かって石が置かれていた。イエスは言った,「石を取りのけなさい」。 死んでいた者の姉妹マルタが彼に言った,「主よ,もう臭くなっています。死んで四日たちますから」。 イエスは彼女に言った,「信じれば神の栄光を見ると告げなかったか」。 そこで彼らは死んだ人が横たえられている場所から石を取りのけた。イエスは目を上げて言った,「父よ,わたしに耳を傾けてくださったことに感謝します。わたしは,あなたがいつもわたしに耳を傾けてくださっていることを知っていました。しかし,周りに立っているこの群衆のために,わたしはこのことを言いました。あなたがわたしを遣わされたことを彼らが信じるためです」。こう言ってから,大声で叫んだ,「ラザロよ,出て来なさい!」 死んでいた人が,手と足を覆い布で巻かれたまま出て来たのである。その顔も布で包まれていた。 イエスは彼らに言った,「彼を解いて行かせなさい」。 それで,マリアのところに来てイエスの行なったことを見た大勢のユダヤ人が,彼を信じた。